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日 時 |
人情紙風船
さきほど、BS放送「山田洋次監督が選んだ日本の名作100本」シリーズで山中貞雄監督「人情紙風船」をみた。溝口健二、小津安二郎などと同時代にデビューし、28歳で戦地で亡くなった夭折の天才の代表作だ。江戸時代の長屋を舞台に繰り広げられる庶民の悲喜劇。善人悪人が入り乱れて今日の日を生き、少しの慰めにもあすへの希望をつなぐ町人たちと、土砂降りの雨のなかに絶望して立ち尽くす貧乏武士の姿。救いのなさと奇妙な明るさとが重なり合って時代の閉塞感を描き出す。名作だ。
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2011/11/14 00:18 |
議員有志のビラ
市議会6会派が出した市政報告ビラが早くも反響を呼んでいる。松浦市長の突然の辞表提出と急転直下の辞表撤回を巡っては、「何が何だかわからない」「市長も市長だが議会も議会だ。いったん否決した議案を直後に可決するとは何事か」「まったくの茶番劇ではないか」などという市民の声が聞かれた。
しかし、辞表撤回について、市長は振り上げたこぶしの下ろしどころに困って議長ら議会側に打開を申し入れたというのがことの真相である。議会側は、理由のない辞職による無用な選挙費用6000万円の支出は避けるべきだとの...
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2011/11/11 13:30 |
尾道の街角で
昼間の視察を終え夕食後ホテル周辺をぶらぶら歩いていると、海峡を望む静かな街の一角からにぎやかな音楽が聞こえて来た。狭い店内から溢れだした若者たちが店先の路上でリズムをとっている。思わず引き込まれて3千円のチケットを買い、うながされるままに中に入った。目の前で強烈なトランペットの音が炸裂している。パーカッションやさまざまな民族楽器がメロディーを追いかけ唸り声をあげる。からだをゆすぶるサンバのリズムだ。東京を中心に全国ツァーをおこなっているブラジル音楽バンドの一夜限りのライブであった。缶ビールを傾...
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2011/11/08 08:39 |
…になります
飲食店の店員の妙な言葉遣いはなんとかならないものか。注文した品物をもってきて「こちらラーメンになります」はないだろう(ラーメンになる前はなんだったというのだ)
勘定で千円札をだすと「千円からいただきます」とくる。この前なんかは、釣り銭のいらないようにちょうどの金額を小銭でだすと「ちょうどからいただきます」ときた。
言葉なんかどうでもいいと投げやりになった瞬間から精神の退廃が始まる。
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2011/11/07 06:38 |
視察
今治市職員・安井孝さんの「地産地消と学校給食」を読むと、その先進的な実践をうみだした情熱にうたれます。
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2011/11/06 22:15 |
あすから行政視察
あすから9日までの3日間、市議会の産業建設委員会で尾道市、高松市、今治市に行政視察に出かけます。農業振興、とくに地産地消と学校給食について、今治市など先進地の取り組みに学んできたいと思います。
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2011/11/06 21:11 |
書き込み復活
長らく遠ざかっていましたが、また書き込みを開始します。
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2011/11/01 12:41 |
巨星墜つ!
先ほどのテレビニュースで宮本顕治前名誉議長(98歳)が午後2時33分死去されたと報道していました。高齢でもあり、第1線を退かれてから久しいので、いつかはこの日が来るとは思っていましたが、残念です。
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2007/07/19 08:05 |
2回目の「死んだかもしれない」場面
中学2年生の夏、その頃心酔していた美術教師のK先生と、先生の「愛弟子」を自認するわたしを含めた3人が秋穂の海岸で1泊のキャンプをしました。1年先輩のT君は、絵もうまいが運動神経抜群、立派な体格の持ち主で、内心では敵わないなと思いながらも何かと張り合っていました。夕暮れ時、秋穂湾は鏡のように凪いで、対岸の半島もすぐ目の前にあるように見えます。T君が「向こう岸まで泳げるか?」と挑発するように言うので、「もちろん」と答えてしまいました。それなら、というので2人は対岸に向かって泳ぎ始めたのです。近く見え...
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2007/07/19 08:03 |
Kさんの展覧会
先日、学生時代の友人Kさんから久しぶりに絵葉書をもらいました。長年の教師生活をリタイアし、かねてからの夢であった絵を描くことに情熱を燃やしているようです。ともに大学の民主化闘争に青春をかけた仲ですが、Kさんは当時から穏やかな笑顔を絶やさない物静かな人でした。それでいて、民主化運動に敵対するような動きや相手に対しては毅然として立ち向かう骨のある人物だったように記憶しています。年若いわたし達にとって、そのころは毎日が険しいがけっぷちを歩いているような気分のなかでのつき合いでした。それぞれが、心のうち...
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2007/07/19 08:02 |
京都の鱧と豊富の鱧
昨年あたりから、防府の名物として「鱧(はも)料理」を売り出そうと防府商工会議所や防府市観光協会が動き出しています。鱧といえばなんといっても京都が有名ですが、実はその多くは防府市に水揚げされたものが彼の地まで送られているのだそうです。防府市は鱧の漁獲高では全国で1、2位を争うのだということを最近まで知りませんでした。
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2007/07/19 08:00 |
太宰治のこと
6月19日は桜桃忌でした。58年前の昭和24年6月19日、人気作家であった太宰治が遺書を残して姿を消し、6日後の39歳の誕生日に彼の遺体が玉川上水で発見されたその日を記念して毎年ひらかれている催しです。
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2007/07/19 07:52 |
電車で化粧
電車の中で化粧をする若い女性をわたしも何回か見ました。実に堂々と、周りの目をぜんぜん気にもせず、膝の上にズラリと道具を並べて1から10まで念入りに仕上げていきます。その感覚がどうにも理解できないのである人にこのことを話すと、「化粧をすること自体が遊びなんですよ。携帯をいじくるのとおんなじで、“何が恥ずかしいの?”って感じでしょう」といいました。なるほど、そうなのかと感心しましたが、いまはやりの言葉で言えば「日本人の品格」が高まっているとはとても思えません。 歌舞伎役者の隈取りなんかをテレビで見...
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2007/07/19 07:48 |
1回目の「死んだかもしれない」場面
「人は生きているのではなく、生かされているのだ」というようなことをよく言いますが、私の場合も来し方を振り返れば、もしかしたら死んでいたかもしれないという場面が何回かあり、確かにそういうことが言えるかと思います。
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2007/07/19 07:45 |
怒りを眠り込ませる源泉徴収
「いったい誰が源泉徴収などという仕組みを考え出したのだろう。大変な知恵者がいたもんだ」―増税や重い税負担が問題になるたびにそう思っていました。一般に労働者・サラリーマンの税に対する感覚は、確定申告をする自営業者などに比べて鈍く、「あまりにひどい税負担」といってもピンと来ない顔をする人が多いからです。給与所得者の場合、月々税金等が差し引かれたあとの「手取り」が自分の収入だと思っている人が大部分です。もし、源泉徴収をやめて、給与の全額をいったん手にするようにしたらどうでしょうか。年1回、そのなかか...
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2007/06/20 04:06 |
本当の地下(じげ)の者
日本海に面した人口5万のまちに6年間赴任していたことがあります。着任早々に近所のクリーニング屋さんに服を出したところ「ありがとうございます」のあいさつの前に「見かけない顔だがいったいどこの誰なんだろう…」という怪訝そうな目で見られたことがあります。古い歴史をもつまちで、人間の出入も少ないところから、自然と「よそ者」に対する警戒心のようなものが育まれているのかもしれません。明治維新のときに中央に出て「立身出世」した者に対する反撥(=地元を捨てて自分ひとりの栄達をはかった。郷里は貧しいままに置かれて...
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2007/06/18 23:54 |
さすがフランス!
昨夜、たまたまつけたテレビで「大列車作戦」というのをやっていたので、見るともなしに見ているうちにぐいぐい引き込まれ、とうとう深夜まで見てしまいました。第2次世界大戦中、フランスのルーブル美術館の名画がドイツへ運び出されるのを命がけで阻止したフランス鉄道レジスタンスの物語で史実にもとづいているということです。1964年米・仏・伊の合作で社会派のジョン・フランケンハイマー監督。若き日のバートランカスター主演。ジャンヌ・モローなどが出演しています。
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2007/06/18 23:50 |
コムスンとミスターX
介護保険の指定を受ける際、ヘルパー数を水増しするなどの虚偽申請をしていたとして厚生労働省から介護事業所の新規指定や更新を認めないという厳しい処分を受けた業界最大手のコムスン。全国2000余りの事業所が5年後にはほとんど活動できなくなることになり、全国に大きな波紋をひろげています。防府市内にも同社の事業所は複数あり、利用者や行政も対応に追われています。
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2007/06/08 23:25 |
金持ちのための国家
今議会に上程が予定されている議案のひとつに「防府市税条例の一部改正」があります。国の法律(=地方税法)が改正されたことにともない市の条例を改正するものですが、そのなかの一つに「上場株式等を譲渡した場合の…譲渡所得等に係る課税の特例について、その適用を1年延長する」というのがあります。わかりやすくいうと、株を売って儲けた所得にかかる税金は本来20%(住民税5%+所得税15%)ですが、それを半分の10%(住民税3%+所得税7%)にまけてやる特例があり、その期間を1年延長するというものです。現今は金...
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2007/06/08 14:15 |
移ろい行く山陽道
毎週発行している「防府民報」に連載している「防府のまちかど」の写真を撮るために、昔の山陽道の峠道に入りました。県道防府環状線(旧国道2号線)を富海から防府市内に向かうと途中富海トンネルがありますが、トンネル入り口のすぐ手前を左に登っていく山道があります。これが明治以前に人々が通っていた旧山陽道です。道に入るとすぐうっそうと茂った木立ちに陽光もさえぎられて昼間でも薄暗い細道です。かすかにクルマのわだちがありますが、長らく人が通った気配もなく雑草が生い茂り、雨上がりの水滴がズボンのすそを濡らします...
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2007/06/08 14:04 |
丹波の山奥でみた幻
「あれは本当にあったことなのか。それとも夢まぼろしだったのか」と今でも思うことがあります。ご多聞にもれず3号でつぶれてしまった同人誌「新季評」の仲間が、合宿と称してひと夏丹波の山奥の廃校で数日を過ごしたときのことです。気ままな学生同士のこと、第2号の発行を計画したもののいっこうに原稿が集まらず、業を煮やした編集者(だったかどうか)の京都のKが、怠け者の同人達を一ヶ所に「缶詰め」にして原稿を書かせようと計画したのです。どこで見つけてきたのか、京都市のKの家からクルマで数時間、山また山を越えてよう...
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2007/06/08 14:04 |
多民族国家?
防府市はこのほど、市民課の事務をまとめた「市民課事務概要」を発行しました。
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2007/06/08 14:03 |
「砲台」にはついに立てなかった
山口市からの帰り道、国道262号線の佐波山トンネルを抜けるとすぐ左手に「勝坂砲台跡」という案内板が立っています。ここはどのクルマも相当のスピードで飛ばすので、いつもチラッと目の端に見るだけなのですが、以前からなぜか気になっていました。きょうはたまたま時間があったので、思い切って現地を見てみようと出かけたのです。案内板から少し旧道(萩往還)を左に入ったところに説明版がありましたが、半分以上字がかすれてしまってよく見えません。どうやら、毛利藩が萩から山口に本拠地を移した際、山口の防衛のためここに関...
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2007/05/27 16:41 |
母の耳たぶに噛みついたまま…
わたしには弟がいたのですが、わたしが小学校4年生の時、感染症のジフテリアにかかって3歳で死にました。いまから半世紀以上も前のことで、日本は戦後の荒廃から完全には立ち直っておらず、保健、衛生、医療が劣悪な状態でしたから、この種の伝染病にかかって死ぬ子も少なくなかったのです。(わたしなどの小学校時代には、女の子の髪の毛にシラミが増殖するというので、定期的に女子児童全員の頭にDDTの粉末を直接噴霧するという、今では考えられないような乱暴な措置が施されてさえいました)。ジフテリアというのは、喉に粘膜が...
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2007/05/27 16:21 |
「テンダーツナ」
いつも腹をすかせていた学生時代、忘れられない食べ物があります。それは「テンダーツナ」とセロリです。「テンダーツナ」とはマグロの魚肉をペースト状にした缶詰の商標でパンなどに塗って食べるのです。(同様なものが今もあるかどうかわかりません)セロリはいうまでもなく野菜のセロリです。
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2007/05/27 16:19 |
大河内伝次郎の残したもの
この季節になると、京都・大河内山荘の雨にぬれたすばらしい新緑を思い出します。
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2007/05/27 16:16 |
科学への目覚め
娘夫婦がともに勤務のため、たいていの場合土曜日は2人の孫を預かることになります。きょうも、小学校3年生の孫(男児)が「やることがない。どっかへ連れて行ってくれ―」と朝からゴネるので、青少年科学館「ソラール」の招待券をもらっていたことを思い出し、「そんなとこ、行きたくない」と言うのをなだめすかしつつ連れて行きました。
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2007/05/27 16:12 |
モラルの崩壊
きょうも、憲法問題で地域を街宣してまわりました。途中で久しぶりにUさん(70歳代)にお会いしましたが、Uさんは「基本的人権も大切だが、最近は人権をはきちがえた人間が多くて困る」と憤慨しておられました。Uさんによると、信号待ちしていたクルマから子どもがごみをポイ捨てしたので、これを見咎めて注意したところ、隣にいた親が子どもを叱るどころか、逆に注意した者に向かって「バーカ」と悪態をついたというのです。本当に最近は、あきれるようなことがしばしばですが、ことは社会的モラルの問題であり、基本的人権とは直...
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2007/05/08 23:50 |
イメージと現実
メディアのすさまじい発達によって、いまでは居ながらにしてほとんどすべての情報が手に入ります。まことに便利な限りですが、一面、情報がつくりだす誤ったイメージもまた増大する傾向があります。
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2007/05/08 23:49 |
教師の暴力
今でこそ体罰が大きな問題になっていますが、わたしが小学生だった昭和20年代後半の頃は、教師による暴力は珍しくありませんでした。すべての教師がそうだというのではなく、当時「予科練帰り」と呼ばれていた暴力教師が何人かいたのです。その教師達が本当に「予科練」で生き残った人間なのかどうかは定かでありませんが、戦争の傷跡も癒えず、まだ殺伐とした空気が漂っていたそのころは、いわゆる「ヤサグレ」に対して、大人たちは総称して「予科練帰り」と言っていた様な気がします。
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2007/05/08 23:48 |
「合理化」イコール「住民は不便」
中国電力(株)の防府営業所が統廃合される動きがあるそうです。防府営業所は、昭和17年4月に前身の中国配電(株)の営業所として営業を開始して以来65年間、防府市民の暮らしに密着した存在となってきました。
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2007/05/08 23:47 |
貴様みたいなやつが…
「貴様みたいなやつが共産党になるんじゃ!」怒声とともに手に持った教鞭用の竹で、英語教師のSは何回も何回もわたしの頭を殴りつけました。怒りにまかせて腕を振ったため、手首の腕時計のバンドがちぎれて吹っ飛んだほどでした。教室は水を打ったように静まり返っていました。わたしは殴られた痛さよりも、事の意外さにあっけにとられる方が先でした。
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2007/05/08 23:46 |
現在が良ければそれでいい
22日投票のいっせい地方選挙後半戦のなかで、とりわけ注目されたのが高知県東洋町長選の結果です。高レベル放射性廃棄物の最終処分施設に独断で応募した前町長(761票)を、「応募白紙撤回」をかかげる沢山保太郎候補(1821票)が大差で破り、結果は町民の7割が反対という明確なものでした。例によって「札束で頬をひっぱたく」やり方をした国と政府機関に対して、「貧乏でも東洋町民として誇りをもって生きたい」と毅然たる姿勢で反撃した多くの町民に深い感動をおぼえます。
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2007/05/08 23:43 |
「敗北の文学」
「偽悪は偽善よりも悪いと宮本顕治が評論のなかで言っている」―当時、大学を卒業したばかりでわたし達の高校に赴任してきた国語教師のT氏は、わたしに向かってたしかにそう言ったように記憶しています。そのころ、いっぱしの文学青年を気どっていたわたしは、受験競争に明け暮れる高校と高校生活全体に嫌気がさし、「実力テスト」を白紙で出すなど、学校当局に対しても反抗的、懐疑的態度を露骨にしめす生徒の一人でした。自らも、まだ青白き文学青年の域を脱していない感じの若きT氏は、そんなわたしに対してどういう意図からか、授...
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2007/04/24 23:46 |
食い物譚その3
鮨は文句なしに東京がうまいと思っています。ネタの魚介類があたらしい地方の方がうまいと言う人もいますが、飯の上に魚を載せただけのものではありませんから、単にネタが新鮮であればいいというものではありません。とくに、最近の食い物番組で、穴子丸ごと一匹とか巨大なネタを売り物にしたすし屋が登場しますが、あれは誰が考えても愚の骨頂だと思います。あんなもの、うまいはずがありません。(それほど鮨を食い歩いたと言うわけでもなく、ましてや通などでは毛頭ありませんから、変なボロを出さないうちに、これ以上御託を並べる...
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2007/04/22 22:33 |
1950年代の宇部市
子どもの頃、絵をかくのが好きで、スケッチ大会などがあるとよく参加していました。そのころよく描いたのは宇部市の工場地帯の絵です。港の沿岸にひろがるさまざまな工場群と大小の煙突は、格好の画題でした。戦後の復興もようやく軌道に乗り、日本社会が高度成長時代に突入しようとしていた時だけに、煙突からもくもくと煙を吐きながら活気にあふれた生産を続けるこれらの施設のありさまは、子ども心にも頼もしく、希望に満ちたもののように映ったのです。
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2007/04/22 11:42 |
半世紀前の「公約」
今でも中学校では生徒会役員選挙というのをやっているのでしょうか。約半世紀前(昭和32年頃)中学2年生の時、生徒会役員に立候補させられたことがあります。今にして思えば、子ども達に選挙を模擬体験させて、民主主義の実践的な教育をおこなおうということだったのでしょう。すべてが教師達のお膳立てですすめられたように記憶しています。
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2007/04/22 11:36 |
アイネ・クライネ・ナハトムジーク
いっせい地方選挙後半戦の応援で久しぶりに宇部市に行ってきました。3歳から高校卒業までと、30歳から50歳過ぎまでを過ごしたふるさとですから、町の隅々まで熟知しているつもりでしたが、10年以上のブランクは、やはりわたしのなかに記憶と現実との大きなズレを生じさていました。町なかにまったく知らない幹線道路が出来ていたり、かってはいろんな意味でのシンボルだった施設や建物が忽然となくなっていたり…。
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2007/04/22 11:35 |
汚れちまった悲しみに…
NHKの子ども番組で、いつも気になることがあるので、独断と偏見のそしりを恐れずあえて一言。
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2007/04/22 11:28 |
食い物譚その2
戦後しばらくたった頃、小学校に上がる前のわたしを自転車の前に乗せて(当時は自転車は貴重品。女性用などはなく全部男性用だったため、前輪とサドルをつなぐフレームに補助具をつけて幼児を乗せていた)母はよく買い物などに連れて行っていました。ある日のこと、よく通る店先を通り過ぎた母親が「おっ!」と言って急に自転車を止め、店の方に後戻りしました。「バナナがある!」 母はしばらくその果物と値札を交互に眺めていましたが、やがてあきらめたようにため息混じりに家路に向かったのでした。そして、帰る道々、「バナナって...
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2007/04/22 11:08 |
尾崎豊
「尾崎豊は、たしかに現代の若者のこころを代弁しているところが大いにあると思うよ」―大学生のころ、息子が突然そんなことをわたしにいったことを思い出します。わたしの責任で、物心ついたころから胸襟を開いて話し合うということがほとんどなかった息子が、二人だけの場で急にそんなことを言い出したのはいったい何のためだったのか。そのとき彼はどういう心境にあったのか…。いまだによくは分かりません。とっさにわたしもなんと応えていいか分からず「あぁ、」とか何とかあいまいな返事をしたように思います。
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2007/04/22 11:03 |
あんまん
前に、食い物のことを書きましたが、これまで生きてきたなかでどうしても忘れられない食い物に関する記憶がいくつかあります。
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2007/03/31 23:16 |
森にひびく歌声
静けき森のこだま われを呼びて
いざや楽しき 秋の野辺に
伴に歌いて 伴に歌いてさまよう われら楽し〜
憧(アコガ)れ胸に 満ち溢るる
希望の歌こそ 奏(カナ)でんや
ララ ララ ララ〜 ラ〜 ラ〜 ラ〜
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2007/03/31 23:13 |
食い物狂躁曲
あいも変わらず、テレビは「食いもの番組」が花盛りです。ラーメンなど全国の有名店を紹介したりランクづけしたりするもの。その筋のタレントがさまざまな地方や店を食べ歩くもの、あるいは食いものをバラエティやクイズ番組に仕立てるもの、タレント同士の料理対決、はては大食い競争など。そして、そのほとんどが普通では決して手に入らない「超豪華な」食材や貴重な食材で成り立っています。いずれにしても、いまの日本人はどうしてこうも食いものに熱中するのか…。考えてみれば、ちょっと異状です。
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2007/03/19 20:56 |
飢餓海峡
戦後日本映画の名作をあげよといわれたら、迷うことなく「飢餓海峡」をあげます。学生になって間もない頃、新宿の「名画座」(だったと思う)という二番煎じ専門の安い映画館で、心身ともに空腹のまま見たこの映画の印象は強烈でした。当時としては破格の大型画面に映し出される粒子の粗い映像は、都会の片隅で寒々と立ちすくんでいるわたしの心に、ぐいぐいと食い込んでくるような衝撃をあたえたのです。
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2007/03/05 23:16 |
東北弁の美しい響き
先日、山田洋次監督の時代劇シリーズ第2弾(?)「隠し剣『鬼の爪』」をテレビでやっていたので、劇場上映で一度見たのですが、また見てしまいました。
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2007/02/27 22:48 |
堀口すみれ子さん
堀口すみれ子さんといえば、いわずと知れた詩人、訳詩家・堀口大学の娘さんで、みずからも詩人、エッセイストとして優れた活動をしている女性です。きょう、たまたまテレビで彼女が父・堀口大学について語っているのを見ました。さすがに相応の年齢は感じられましたが、かつての面影ははっきりと見ることが出来ました。
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2007/02/27 22:45 |
わがひとに與ふる哀歌
今朝、テレビで瀬戸内寂聴氏が「悲しみよ今日は」のフランソワーズ・サガンについて語っていた。バタバタと用事をしながら聞くともなしに聞いていたのであるから、正しい趣旨はまったくわからないが、「18歳のとき『悲しみよ今日は』を出版したまま死んでいたら、彼女は天才少女で終わっていただろう」という寂聴氏のことばが強く印象に残った。
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2007/01/29 23:32 |
お前がはたちになったら…
「お前がはたちになったら
酒場で二人で飲みたいものだ。
ぶっかき氷に焼酎入れて
つまみはスルメかエイのひれ…」
―いつかは、息子と男同士でとことん飲み明かしたい―河島英五の歌声にこめられたこの思いは、世の男ならだれしもが抱く共通の思いであり、夢であろう。(この曲を歌った河島英五自身は49歳の若さでこの世を去り、ついに自分の息子と酒を酌み交わすことはなかったという)
だが、現実はなかなかそうはいかない。
今年35歳になる息子と、これまで二人だけで飲む機会は何度かあったが、たい...
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2006/09/25 03:45 |
周防国府とわがまち
市制70周年記念特別企画として「周防国府展」(9月1日〜9月24日)がアスピラートでひらかれているが、そのいっかんとして9日、「周防国府市民フォーラム」が同リハーサル室でおこなわれた。市教育委員会の大林達夫さんが「周防国府の成り立ちとその後」と題して、また、奈良文化財研究所の山中敏史さんが「古代における国府の姿と役割」と題してそれぞれ力の入った講演をおこなった。当日は僕の予想に反して会場いっぱいの(おそらく百人を超える)参加者があり、熱気にあふれたものになった。僕の学生時代の友人が今回、奈良文...
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2006/09/16 16:05 |